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第310話:「日本語トーストマスターズのすすめ」を読みながら

2009年明けましておめでとうございます。世界にとって皆さんにとっても、そして私にとって素晴らしい一年になるように行動してまいりましょう。

さて、藤山亜美ちゃんからある資料をいただきました。昨年(2008年ですね)12月7日に西宮トーストマスターズクラブで行ったプレゼンテーションの資料です。

「日本語トーストマスターのすすめ(tmrevised.pdf 103KB)」をダウンロード

この資料を読みながら、私がトーストマスターズに入会した2000年から現在までの「私が見た・経験した日本語トーストマスターの歴史」をたどってみました。

★日本語トーストマスターズとの出会い
私がトーストマスターズに入会したのは、「英語で会議の司会ができるようになる」ためでした。2000年9月のことです。入会した厚木座間トーストマスターズクラブは当時米軍厚木基地の将校クラブ(たしかMidwayという名前の部屋だった)で例会を行っていました。日本がDistrict76Pという準ディストリクトに昇格したばかり。その初代のDistrict Governorの稲垣さんも会員で「すごいクラブに入会した!」と喜んだのを覚えております。

2001年5月、私がトーストマスターズに入会して初めて(委任状をもって)出席したDistrict76の総会です。稲垣さんがDistrict Governorだからこそ出席しました。会議で使われた言語は英語。「トーストマスターズってすごい。こんな会議も英語でやるんだ。」とても感動しました。そのうちに、その広い会議室の左端の列に座っている人たちには同時通訳がついていることに気がつきました。先輩トーストマスターに質問すると、日本語のトーストマスターズクラブの代表の方々ということでした。これが私の日本語クラブとの最初の出会いでした。「日本語でスピーチの練習なんて面白いのかな?」くらいにしか思いませんでした。

一年後の2002年春に大阪で行われた全国大会は、英語コンテストと日本語コンテストは同じ時間に行われましたが、もともと日本語スピーチにはまったく関心のない私でしたので、日本語コンテストを見ることができないといってもとくに損した気持ちにはなりませんでした。ただ、この春の大会でのいちばんの衝撃は、春季大会冒頭での基調講演で台湾(District67)から参加された蕭阿全さんの美しく情熱的な日本語スピーチに触れたことです。

しかしそれでもなおまだ私の関心は英語スピーチにありました。その後もひたすら英語スピーチのスキルアップに努めながらも、次第にトーストマスターズで学べる「リーダーシップ」の面白さに引き込まれ、様々な人との出会いや、当時のエリア22ガバナーの貞安さんのアシスタントとしての経験を通してそれなりに視野を広げていきました。

2003年だったように思うのですが、TMを通じて知り合った横浜TMCの浅井さんがバイリンガルクラブである「やまのてTMC」に入会され日本語スピーチの面白さに開眼され、私にも見学を勧めてこられたのですが、やはり英語スピーチ以外に気持ちが動くことはありませんでした。

冒頭の藤山亜美ちゃんのプレゼンテーションの中にある、「日本語トーストマスターズの噂と現実(!)」に書かれているのと同じ考えを当時の私は持っていました。

★横浜TMCのDNAと、やまのてクラブでの初体験、大和バイリンガルクラブ立ち上げへ
ところが、2004年1月30日のやまのてTMCのスピーチマラソンで、日本語スピーチとそのスピーチ論評を目の当たりにして、浅井さんの気持ちがわかりました。

もちろん例会が始まった時は、「みなさん、こんばんは。ゲストの皆さんようこそ。司会の○○○です。」という日本語のオープニングを聞いた時は正直違和感を通り越して気持ち悪いと思いました。4年近く英語でTMをやってきてその日本語版は大変おかしく聞こえました。

しかし、その後英語より理解できる日本語スピーチに引き込まれていきました。英語スピーチは頭で理解するのですが、日本語スピーチはおなかで理解したように感じたのです。「腑に落ちるとはこのことか!」 新鮮な驚きでした。

当時のやまのてクラブは、大嶋友秀さん、浅井さんという横浜TMCメンバーを中心に大変な盛り上がりを見せていました。

ちょっと当時の横浜TMCについて話してみます。横浜TMCのDNAが最近の日本語・バイリンガルクラブに受け継がれているように思えてならないからです。

私はトーストマスターに司会者術と英会話の上達を求めて入会しました。ところが何度か訪問した横浜TMCは、例会運営にしてもスピーチにしてもとても深くよく考えられている事を感じました。彼らは、会員に日本語を母国語としないメンバーがほとんどいなかったこともあり、英語での例会後、2次会、3次会では日本語を使ってリラックスしてしかし本音で「何をしたいのか?なぜそうしたいのか?どうやるか?」を徹底的に語り込んでいました。

当時の厚木座間は英語クラブで、例会後も日本人同士でもなんとなく英語で話す雰囲気があり、あまり掘り下げたコミュニケーションになっておらず、これは新鮮でした。「英語クラブでもこんな事が出来るのだ。」と新しい発見をしたように思いました。

そのDNAをバイリンガルクラブであるやまのてクラブが受け継ぎました。金曜日の19時からの例会ながら、大盛り上がりのカラオケ大会のような楽しい雰囲気の例会で昼間の仕事の疲れも吹き飛ぶ例会です。私が参加したやまのてTMCの例会で、会場の外で道路工事が行われており、削岩機の音が室内にまで響き渡っていました。しかし、例会の間、その騒音が気になった事は一度もなく、引き込まれた事を体で感じました。母国語での例会運営のすごさです。

2004年2月に行った厚木座間TMCの有志での合宿で「神奈川県の大和市にトーストマスターズクラブを作ろう。作るならバイリンガルクラブがいいね。」と話がまとまり動き出します。もちろん、やまのてクラブで吸収したしたDNAが私の中にも受け継がれたのだと思います。やまのてクラブのようなクラブを作ってみたいという気持ちと、日本語スピーチへの興味が伏線になっていました。いよいよ自分が日本語スピーチを実践する舞台づくりです。

★日本語スピーチの魅力に開眼
私の周りでは、さらに私の日本語スピーチへの興味を加速させる動きが展開します。2004年の4月に、英語クラブの横浜TMCが、なんと春のDivision B 日本語スピーチコンテストを主催しました。

英語クラブからの参加も可能ということで当時厚木座間TMC(当然英語クラブです)にいた私は、早川さんという若いお兄さんに参加を勧め彼はこのスピーチコンテストで「1%のひらめき」という日本語スピーチを行いました。この日本語コンテストで初めて日本語スピーチのよさに完全に目覚めました。

一緒に参加したほかのクラブの人と「日本語スピーチって本当に腑に落ちるね。」と感激したことを覚えています。

今思えば、これも横浜TMCのDNAのなせる技です。

★エリア23ガバナー浅井さんの活躍
私は2004年7月から2005年6月までエリア22ガバナーを勤めましたが、同じ時期に日本語クラブとバイリンガルクラブのエリアであるエリア23ガバナーを勤めたのが前述の盟友浅井さん。浅井さんから日本語スピーチの面白さ、日本語・バイリンガルトーストマスターズクラブ例会の楽しさを聞かされさらに感化されました。

当時のエリア23は、やまのて、江戸、はま、武蔵、東京バイリンガル、響、上尾の7クラブの集合体です。彼女は、エリアガバナーとして、自分の担当する日本語、バイリンガルクラブ、自分のエリア外のクラブを訪問し、さらにエリア23メールニュースを定期的に発行することでクラブ間の経験、ベストプラクティスを共有してくれました。「点」のように存在していたクラブ同士を、浅井さんが語る「○○クラブで見たよいやり方」、メールニュースという「線」で結びつけ、さらにクラブ同士が「面」となったことが現在の日本語・バイリンガルクラブの基盤となったと確信しております。

★「梁山泊」としての武蔵小杉クラブと、江戸クラブ
同じころカナダから帰国して横浜TMCに所属した藤山亜美ちゃんが川崎市の武蔵小杉にクラブを作るべく横浜TMCの有志と「武蔵小杉トーストマスターズクラブ」を立ち上げます。この武蔵小杉クラブは立ち上げのときは相当な難産でしたが、初代ディストリクト76ガバナーの稲垣さんがトーストマスターズのベストプラクティスを、そして、全盛期の横浜TMCにいた泉さん、安部さんが横浜TMCのDNAを、例会の時間中にも、例会終了後の2次会、3次会、4次会、5次会でもふんだんに実践されてから、その魅力に惹かれた30代ビジネスマン、ビジネスウーマンたちがどんどん会員になり加速度的に一気にブレイクします。トーストマスターズの梁山泊の感がありました。

このころ関東の日本語クラブの老舗江戸クラブも高橋南海子さん近江喜一郎さんという二大看板スターを中心に盛り上がっており江戸クラブもまた「梁山泊」状態。近隣にクラブを立ち上げる動きにつながっていきました。神奈川、東京とあちこちで盛り上がった日本語、バイリンガルクラブがクラブを超えた交流を活発化させました。たとえば、日本語・バイリンガル同士の合同例会や、複数のクラブへの入会です。(正直言ってこの動きはあまりに複雑で追いきれません。)

私自身も日本語スピーチへの興味が高じて、大和バイリンガルの例会で、浅井さんと日本語でスピーチ対決を行ったりいろいろなことに挑戦しました。ちなみにこの日本語対決は私の完敗。しかしここからの学びで、2006年春の全国大会の日本語スピーチ部門での優勝につながったと思います。

★戦略的発展へ

エリアガバナー浅井さんの後任は、藤山亜美ちゃん、そしてその後任に近江さんと続き、この盛り上がりはより戦略的になっていきます。

藤山亜美ちゃんと近江さんを中心としたクラブビルダーたちが地図とカレンダーとを睨みながら、地理的なトーストマスター空白地帯、また時間的な空白地帯を見つけそこに次々とクラブを立ち上げていきます。。こうした楽しい動きはよい波及効果を仲間たちに与えこの二人を中心に次々と新しいクラブが立ち上がってきているのが現在の関東の状況です。

★振り返り
こうした最近5年以内の歴史を振り返って亜美ちゃんの資料に目を通すと実に説得力があります。なぜ、こんなにどんどんクラブが立ち上がるかの理由がわかります。

もちろん、私がトーストマスターズに入る前から活動していた日本語やバイリンガルクラブの存在も忘れてはならないと思います。こうしたクラブがあってこそ今日の興隆があるといえます。この歴史に関しては小原さんの濃厚なブログ「遥かなり逆ピラミッド-toastmasters memories-」に詳しいのでそちらをご覧ください。

どんなものにも臨界点が存在するといいます。臨界点とはある点を突破すると一気に大流行するポイントです。古くは家電の洗濯機、自家用車、新しいところではパソコン、そして携帯電話です。

過去を振り返ってみて日本語・バイリンガルクラブ増加にもこの臨界点と思えるポイントがいくつかあります。その臨界点は実は1990年代からの積み上げに、横浜TMCのDNAがブレンドされ、D76の歴史の中でもある意味、突然変異を起こしたことがベースになっています。

★大事なこと
① 楽しいこと。楽しむこと。

英語クラブでの英語スピーチから、バイリンガルクラブ・日本語クラブでの日本語スピーチをやって思ったのは、「わかるって楽しい。わかってもらえるって楽しい。」ということです。スピーカーの立場からすると、わかってもらえると楽しい。もっと楽しくなりたいからもっとがんばる。という循環が起こります。スピーチのみならず、クラブ運営を日本語で行う。トーストマスターズの各種方法論を日本語でディスカッションすると、我々日本人は本当によくわかります。よくわかると、クラブ運営も楽しくなります。

② 「自分のこととして」がんばること

どんなに方法論が確立されていたとしてもその方法論を使って実行するのは人です。武蔵小杉TMCを立ち上げていたころの藤山亜美ちゃんはまさに死に物狂い。環境は逆境。その逆境に負けることなく我慢強く粘り強く失敗から学び、学んだことを実践し、受けたであろう屈辱にたいしても絶対に仕返ししない前向きな姿勢。この姿勢があるからこそ彼女よりもはるかに年長のトーストマスターたちが彼女を支援するのだと思います。

多くの先輩たちが作った日本語クラブ・バイリンガルクラブという環境を、藤山亜美ちゃんとその仲間たちがさらに拡げたのが、現在の関東の日本語、バイリンガルの姿につながっていると思います。

★私自身が日本語クラブで学んだこと
私自身、大和バイリンガルというクラブで日本語スピーチを実践して、日本語で論評をいただき、日本語でトーストマスターズについて、スピーチについて語り合ったからこそ、日本語のスピーチスキルのみならず、英語のスピーチスキルもついたのだと思っております。

前述したように、日本のトーストマスターズクラブに於いては、日本人が行う日本語のスピーチは英語のスピーチよりも「伝わった」感覚が確実です。それと同じ感覚を英語スピーチでも得られるように努力する。

これがいちばんの学びです。

バイリンガルクラブでの日本語スピーチの経験がなければ、私はおそらくパブリックスピーキングなるものをいまだに理解していなかったでしょうし、コンテストに勝つなんておそらく「夢のまた夢」であったと思います。母国語での理解、母国語で腑に落ちる経験はやはり大事なのです。

★これから
藤山亜美ちゃんの資料を見ながら、自分のトーストマスターズでの歩みの中で出会った人、体験したことに想いをはせ懐かしく、そしてこれからのことをあれこれと考えをめぐらせています。

本年もよろしくお願いします。

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