前回の「第217話:あぁ論評、Ah Evaluation!」で、過去の自分の論評の問題点を二つあげましたが、その2点目についてもう少し考えてみたいと思います。
2.スピーチの内容に踏み込みすぎて、そのスピーチに自分の意見を言っている。(こうなるとEvaluationを逸脱して、自分のスピーチを展開している。)
こんな論評の例はどうでしょうか?
論評者1:「●●さん、プロジェクト2の終了おめでとうございます。正直言いまして私はアメリカ人のネイティブスピーカーの方を論評できるほどの英語力がないため、今日どれだけ論評ができるかわかりません。実際、昨日からかなり緊張してしまいました。」
その後、しばらく英語ができない言い訳をして、論評の本論に入りタイムオーバーしました。この論評者は経験がそれほどありません。
論評者2:「●●さん、プロジェクト5の終了おめでとうございます。今日の●●さんのスピーチはとてもよかったです。私も同じ失敗をしてしまったことがあります。実は3年ほど前にある会合で、(しばらく自分の経験談を披露。これがメインとなってしまった)。それだけに私には他人事のようには聞こえませんでした。その点が非常に良かったと思います。最後に改善点です。アイコンタクトがあればもっと良かったと思います。」
この論評者もタイムオーバーしました。
トーストマスターの例会という「得がたい機会」
トーストマスターズ入会の動機は様々だと思います。英語が上手になりたい。スピーチができるようになりたい。私は司会ができるようになりたくてトーストマスターに入りました。
入ったからにはスキルを身につけたく思うのは当然のことです。時間を守るトーストマスターの例会には、ありがたいことに論評(Evaluation)の時間があります。この中だけで、自分のスピーチの良かった点、改善点、練習法が学べます。
こんなチャンスは世間を見渡してもあるようでなかなかありません。話し方教室はそれなりに高額らしいです。スピーチの訓練を受けている日本人は圧倒的に少なく、周りにはアドバイスしてくれる人もほとんどいません。してくれても「あそこが悪かった。ここが悪かった。」と気がめいるアドバイスだったりします。
トーストマスターの例会は、まさに「得がたい機会」です。その中の論評セッションはさらに「得がたい機会」です。
その「得がたい機会」で、スピーカーが「自分はどんな強みを持っていて、今後どこに力を入れていけばよいか」について腑に落ちて理解できれば、それは大変幸せです。
しかしその「得がたい機会」が、論評者の個人的な話に終始してしまうと、スピーカーの学びのチャンスは失われてしまいます。なんとももったいない話です。
スピーカーの話を聞いて、それに共感するような論評者の個人的な話は、例会が終わってからの二次会でたっぷりとすればよいと思います。
論評を「書いて」練習する
3分30秒しかない論評という「得がたい機会」を、英語ができない言い訳に使った論評者1、自分の失敗談を披露した論評者2はいずれも私です。トーストマスターズに入って1,2年目のことでした。
当時はまだ論評のスキルもなく、論評の意義もわからず、ただ何かをフィードバックすることだけに一生懸命でした。
前回の「第217話:あぁ論評、Ah Evaluation!」で、論評を「書いて」練習する効用を考えましたが、まさに書いてみて、自分の論評を読んで、上手な人の論評を聞いて、TOASTMASTERSのThe Effective Evaluationという小冊子を読んで、ようやく論評で何をしなければならないか、論評者が何を求められているかがわかりました。
そこからの旅が始まり、多くの発見をして、多くの失敗をして、いまもまだまだ続いています。
論評は「一期一会」
論評は「一期一会」だと思います。一期一会とは、「茶会に臨む際は、その機会を一生に一度のものと心得て、主客ともに互いに誠意を尽くせ」といった、茶会の心得です。(語源由来辞典より引用)
論評者が、スピーカーのスキルアップ、レベルアップを願ってフィードバックをできるのももしかしたら論評セッションで与えられた3分30秒が一生に一度の機会かもしれません。
- 「例会が終わってからの二次会で詳しく話をしよう。」
- 「帰宅してからゆっくりメールで伝えよう。」
しかし、なかなかままならないのが人生です。例会が終わっての二次会ではそれどころではないかもしれませんし、そもそもスピーカーは二次会に行かずに帰宅するかもしれない。ゆっくりメールができるとも限りません。失われた機会損失のコストは高くつきそうです。
論評は「一期一会」だと思ってこれからの論評のチャンスを大切にすることにします。